被爆樹木二世の受け入れと植樹
被爆樹木二世の受け入れ
今年は戦後80年の節目の年であることから、市民や子どもたちの平和意識の醸成を図ることを目的に、本市が加盟する「平和首長会議」にて配布している、長崎で被爆した樹木二世(クスノキ)の苗木を受け入れました。
市立中学校より受け入れ校を募集し、市立第一中学校での受け入れ及び育成を行うこととなりました。
被爆樹木二世の植樹
令和7年11月19日、市立第一中学校にて植樹式を開催しました。
植樹式には、第一中学校生徒 32名のほか、富田林市長、教育長、富田林市議会議長、副議長ら計 38名が参加しました。
代表者による植樹を行った後、市長から平和のメッセージ、続いて生徒代表から平和への誓いの言葉が述べられ、参加者とともに平和への思いを共有しました。
また、第一中学校が、毎年、修学旅行で長崎市の平和公園や長崎原爆資料館を訪れていることや、クスノキが本市の木として制定されて今年で50年であることなどの縁もあり、被爆樹木二世のクスノキがさらに特別な意味を持つものとなりました。
このクスノキはこれから、学校や生徒、地域、そして市の平和のシンボルとして育ち、そのうちの1本は3年後に完成予定の市役所新庁舎へ移植後、市民に平和への思いを長く伝え続けることを期待しています。

市長からの平和メッセージを紹介します
今年は戦後80年という、非常に大きな節目の年です。本市としましても、8月に開催しました「平和を考える戦争展」をはじめ、戦争体験者による「平和記念講演会」や、実際に戦争を体験された市民の方の体験談を映像に記録する取組みなど、戦争を知らない人たちや次世代を担うことどもたち、そして後世に、悲惨な戦争の記憶を忘れず、平和の大切さを伝えていきたいと考えています。
この平和への取組みの1つとして、この度、本市が加盟する平和首長会議より、長崎原爆で被爆したクスノキに由来する苗木を受け入れることとしました。このクスノキは、令和11年に完成予定の、市役所新庁舎のメインエントランス前に、移植する予定をしております。
また、本日、同じく植樹式を行いました第一中学校では、市内で唯一、修学旅行先として長崎県を訪れている学校であり、平和学習に大変力を入れているということで、本市と同様に、同じクスノキの苗木を育てられます。そのような生徒のみなさんが、本市のクスノキも一緒に大切に育てていただけることに、大変感謝しているところです。
また、今年は、市の木としてクスノキが制定されて50年という年でもあり、これも何かの縁だと感じております。
被爆80年の年に、縁あって本市で受け入れたこのクスノキが、第一中学校のみなさんや、富田林市民のみなさんに見守られながら、被爆者の平和への思いを引き継ぎ、平和のへのメッセージとともに、強く、大きく、育ってくれることを期待しております。
令和7年11月19日 富田林市長 𠮷村 善美
生徒による『平和への誓い』を紹介します
「平和(へいわ)への誓(ちか)い」
私(わたし)たちは3年間(ねんかん)「平和(へいわ)」について学(まな)びました。1・2年生(ねんせい)の時(とき)には、世界(せかい)の情勢(じょうせい)や戦争中(せんそうちゅう)に大阪(おおさか)に起(お)こった出来事(できごと)、戦争(せんそう)が人(ひと)や町(ちょう)に与(あた)えたことについて学(まな)びました。そして、3年生(ねんせい)ではナガサキの被爆(ひばく)の範囲(はんい)や原爆(げんばく)の恐(おそ)ろしさ、永井博士(ながいはかせ)のすごさ、折(お)り鶴(づる)やクスノキにこめられた想(おも)いについて学(まな)びました。学習(がくしゅう)の中(なか)には、怖(こわ)くて目(め)をそむけたくなる写真(しゃしん)もありましたが、進(すす)めていくうちに、今(いま)こそ私(わたし)たちがしっかり見(み)て、聴(き)いて、思(おも)いを受(う)け取(と)らなければならないと感(かん)じました。
そして、修学旅行(しゅうがくりょこう)では、ナガサキで森田博満(もりたひろみつ)さんのお話(はなし)を聞(き)きました。私(わたし)たちが印象(いんしょう)に残(のこ)っている話(はなし)は「100分(ひゃくぶん)の1秒(びょう)の命(いのち)」というお話(はなし)です。森田(もりた)さんは家(いえ)の中(なか)にいて、ギリギリのところで助(たす)かりましたが、友達(ともだち)は原爆(げんばく)の光(ひかり)を浴(あ)びてなくなってしまったそうです。私(わたし)たちはこの話(はなし)を聞(き)いた時(とき)、鳥肌(とりはだ)が立(た)ち、恐怖(きょうふ)を覚(おぼ)えました。それと同時(どうじ)にこの話(はなし)を伝(つた)えていかなければならないと強(つよ)く思(おも)うようになりました。
そして、原爆(げんばく)で枯(か)れ果(は)ててしまった長崎(ながさき)・山王神社(さんのうじんじゃ)のクスノキは、森田(もりた)さん達(たち)の活動(かつどう)によって、青々(あおあお)とした葉(は)っぱがしげるようになり、今(いま)は命(いのち)を吹(ふ)き返(かえ)して、長崎(ながさき)の人々(ひとびと)を見守(みまも)っています。今回(こんかい)、そんな被爆(ひばく)クスノキの苗木(なえぎ)を、長崎(ながさき)から大阪(おおさか)のこの第一中学校(だいいちちゅうがっこう)に贈(おく)っていただくことになりました。一中(いっちゅう)で、平和(へいわ)の象徴(しょうちょう)であるクスノキを植(う)えることは、私(わたし)たちが戦争(せんそう)のことを忘(わす)れずに伝(つた)えていきます、という約束(やくそく)の意味(いみ)なのではないかと私(わたし)は考(かんが)えました。
今(いま)、世界(せかい)では、戦争(せんそう)によってたくさんの命(いのち)がうばわれています。兵士(へいし)になって戦争(せんそう)へ行(い)っている、私(わたし)たちと同世代(どうせだい)の子(こ)もいます。きっとその子(こ)たちはつらい思(おも)い、胸(むね)が苦(くる)しくなるような思(おも)いをしていることでしょう。
私(わたし)たちは毎日(まいにち)学校(がっこう)に通(かよ)い、普通(ふつう)の生活(せいかつ)を送(おく)っています。そんな私(わたし)たちが「普通(ふつう)」と思(おも)っている生活(せいかつ)を送(おく)れないことが「普通(ふつう)」になってしまっている人(ひと)が、世界(せかい)にいるのが現状(げんじょう)です。私(わたし)たちは、そんな世界(せかい)を変(か)えるために、戦争(せんそう)のことを学(まな)び、伝(つた)えていく必要(ひつよう)があると思(おも)っています。伝(つた)えたからといってゼロ(ぜろ)になるとは限(かぎ)りません。でも、全世界(ぜんせかい)が平和(へいわ)になって、みんなが「普通(ふつう)」の日常(にちじょう)を送(おく)ることができるように、戦争(せんそう)から解放(かいほう)されて幸(しあわ)せにすごせるように、平和(へいわ)への願(ねが)いをこめて、今日(きょう)ここにクスノキ(くすのき)を植樹(しょくじゅ)します。
2025年(ねん)11月(がつ)19日(にち)
富田林市立第一中学校(とんだばやししりつだいいちちゅうがっこう) 3年生( ねんせい)一同(いちどう)
クスノキの成長記録(報告)
2本のクスノキの成長を市民のみなさんにも見守っていただけるよう、定期的に樹高を測定し報告します。
令和7年11月19日
- 学校のクスノキ:41cm(左)
- 市のクスノキ :38cm(右)








