龍泉寺 ~龍にまつわる伝説を知っていますか?~
このたび、市内在住の高校生が、弘前大学が太宰治の実績を記念して創設した、高校生を対象とする「第4回地域探究論文コンテスト(太宰治記念「津軽賞」<外部リンク>)」の個人部門において、最優秀賞(津軽賞)を受賞されました。
ご家族から「富田林の文化財を色々な方に知っていただく機会になれば」という喜ばしいメッセージをいただきましたので、受賞論文 “龍泉寺「悪竜伝説」が物語る富田林の歴史と水資源との関係” の執筆のきっかけとなった龍泉寺の名前の由来にまつわる伝説をご紹介します。
龍泉寺の名前の由来にまつわる伝説
むかし富田林のはずれの山の上に古い池があり、池に住む悪い龍が人々に被害を与えていました。そこで蘇我馬子(そがのうまこ)が池のはたに寺を建て、人々を救うために仏さまへ祈り、七日間修法を続けたところ、池から龍が現れ、仏法には勝つことができない、と言って飛び去っていきました。ところが、龍が去ると池の水が干上がり、井戸に水が湧かなくなってしまいました。
何年か後、弘法大師がこの村を訪れ、一人の老人に水を一杯お願いしたところ、老人は井戸に水が湧かずに困っていると答えました。大師がわけを尋ねると、老人はみるみるうちに牛頭天王(ごずてんのう)という神さまに姿を変え、大師に向かってお告げがありました。大師が祈祷をはじめて七日目、滝のような雨が降り山鳴りとともに龍王が姿をあらわしました。夜が明けると、雨は止んでおり、池には水が満ち、井戸には水が湧くようになりました。
大師はこの地に牛頭天王を村の鎮守(守り神)としてまつりました。やがて池のはたにはお寺やお堂が建てられ、龍泉寺と名付けられました。
(参考:富田林民話研究クラブ 編著『富田林の民話』第10集)
龍泉寺について
この伝説の舞台、龍泉寺は市の南東、嶽山(だけやま)中腹に位置する薬師如来を本尊とする真言宗の寺院で、寺伝では594年、蘇我馬子により創建されたと言われています。中世には多くの子院(塔頭)が立ち並ぶ大寺院でしたが、南北朝以降の戦乱に巻き込まれて荒廃し、現在はひっそりと森の中に建つ山寺となっています。
国の重要文化財に指定されてる仁王門をくぐると、すぐ右側に市内現存最古の梵鐘(ぼんしょう)がかかる鐘楼、正面前方に本堂が見えます。仁王門の左右に安置されている阿吽(あうん)の二躯の金剛力士像は、大阪府の指定文化財です。また、境内には伝説に登場する池を中心とした庭園が広がり、国の名勝に指定されています。
このほか、木造聖徳太子立像とその胎内に収められていた物は、大阪府の指定文化財に指定されているなど、龍泉寺では文化財を身近に感じることができます。
龍泉寺3Dパノラマビューはこちら
富田林市文化財デジタルアーカイブ「おうちdeミュージアム」では、3Dパノラマビューで360°自由に龍泉寺をご覧いただくことができます。
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広報紙に掲載した記事はこちら
龍泉寺について、もっと知りたい方はこちら
中村 浩 著『河内龍泉寺と蘇我氏の研究』(芙蓉書房出版、2025年)







