北川孝次さん(74歳)
これまでに世界の50カ国ほどを訪問しましたが、そこで暮らす人たちの「笑顔」の写真を撮り続けています。
職業 フォトグラファー
以前の住まい 東大阪市
地域や人とのつながりの中で仕事をしたいと思って、スタジオをこの場所に選びました。富田林市の中でもこの地域は、農村の持つ良きコミュニティが残っていると感じています。とても気に入っています。
これまでに世界の50カ国ほどを訪問しましたが、そこで暮らす人たちの「笑顔」の写真を撮り続けています。フォトグラファーをしています。たとえば学校を訪問して、遊びの中で子どもたちに溶け込んでいくと、ほんとうに自然な笑顔を見せてくれるんです。笑顔は平和の象徴だと思うんです。紛争や貧困や問題を抱えている子どももいるけど、笑顔の瞬間はかけがえのない平和の一瞬で、その一瞬が100年先まで続いてほしいと願って撮っています。
写真集をだしていますが、他にはディズニークラシックのプロミスというシーンで写真が使われたり、友人のさだまさしさんの曲を使ったスライドや写真を学校で紹介しています。また関西労災病院内にも展示していただいています。
自分自身が笑顔になれるよう、たくさんの人と仲良くなりたいと思っています。そして、笑顔っていいなあと思ってもらえるような写真を撮り続けることが夢です。
匿名
昨年富田林市へ転入された中学生が富田林のことを書きました。その作文が社会を明るくする運動作文コンテストの優秀作に選ばれました。
以前の住まい 大阪府内
僕は、一月にこの富田林に引っ越ししてきました。ここに来てまず驚いたのが、町の美しさ、のどかさです。元々いた町は、落書きだらけでタバコが色々な所に落ちていて、薬物を使った人がうろついているような町でした。その町がテレビやネットに出されると、少し嫌な気分になっていました。ですが、富田林は、そんなことがほとんどなかったのです。
「いい町やなぁ。」と、自転車で出かける時や、登下校などの時、いつも思っていました。
何がこの町をよくするのかと、考えた所、学校で「町ピカ」という校区清掃の活動を行ったり、ゴミを捨てるときは必ず分別シールを貼るといった、町をよりよくするための活動がたくさん行われていたのです。
このような活動によってできる「町の美」から、「やはり自分の町はきれいなほうが良いから町を大切にしよう」。という「人の美」が生まれ、一人一人が良い心をもつ「心の美」へとなるのではないかと、僕は思います。
もうひとつ思ったことは、なぜ車がよく通るのに、すがすがしく生活できるのか、ということです。これは、「人の美」や「心の美」ではなく、「町の美」が、関連していると思います。車によって排出された二酸化炭素を、たくさんはえている木の光合成によって吸収し、酸素をだす。という科学と自然のバランスによる空気の循環によって、これが解決されているのだと、僕は思います。さらに、川の音や鳥のさえずりなどの自然の音によって、車などがあまり気にならないような快適な生活を送れていると思います。
このような自然からも「町の美」になり、そして「心の美」となるのです。
ですが、すべてが完璧なまちということではありません。
車がよく通るのに対し、歩道がない所が多いという問題点があります。
もし、道端でこけた時、歩道ではなく車道なら、車に引かれるといった危険があります。この問題は、どのように解決できるのか、自分なりに考えてみました。
それは「人の美」「心の美」を利用することです。もし、倒れている人を見かけたら声をかけたり、手を貸してあげる。ゆずり合いの心で道をあける。などといった優しい気持ちがあれば、僕は解決できると思います。
僕は、この町に住んでいるからには、この町を大切にしたい。と考えています。なので、ポイ捨てをしない、横一列になって道を歩かない。というような小さなことから「町の美」「人の美」「心の美」を創り出していけたらなと思います。
富田林市ALT Matthew Kaufmanさん
子どもの英語教育に情熱を注ぐALTマシューさんのモットーは、楽しく大きな声で会話すること!
職業 ALT(英語講師)
以前の住まい ニューヨーク
私はニューヨーク出身ですが、日本に興味があってどうしても日本に住みたいと思い英語の先生になる勉強をしALTとして富田林市に赴任しました。現在も家族といっしょに富田林市に住んでいます。
人がやさしく、初対面でも声をかけてきたり、仲良くなると家に招待されたり、とてもフレンドリーなところです。学校の子どもたちも明るくてとても教えやすい。また、緑や自然が豊かでほんとうに暮らしやすいところだと思います。
富田林市は子どもたちの英語教育にほんとうに頑張っていると思いますよ。市も先生方も子どもたちが英語に触れる機会をサポートしています。たとえばある小学校では休憩時間に英語の音楽を流したり、クイズを出したりしてくれています。また英語の弁論大会も開催されています。
私のモットーは、楽しく大きな声で英語を話すこと。完璧を求めずまちがってもいいので会話をすること。子どもたちが会話するためにまず覚えて欲しいのは「Do you like~?」「What is this?」「How many~?」この表現を覚えれば会話が始まります。英語は人と人がつながるコミュニケーションのためのツールだということを理解してほしいと思っています。
ワン、ツー、スリー、フォー、ファイブ、シックス、「セブンイレブン!」、「関ジャニエイト」!笑い声があふれる教室で子どもたちは楽しく英語を学んでいます。
世界を旅するアドベンチャー・ランナーの高繁さんへのインタビュー。
プロフィール
「PEACE RUN世界五大陸4万キロランニングの旅」を走るアドヴェンチャー・ランナー、NPO法人PEACE RUN代表。サイクリスト(JACC:日本アドベンチャーサイクリストクラブ評議員)、旅人、元高校教師(英語)。バギーを押して二度の日本縦断ラン6,900キロ、北米横断5,300キロ、豪州横断5,200キロ、ニュージーランド縦断2,800キロ、ヨーロッパランニングの旅3,400キロを走破。アドヴェンチャー・ランナー:「PEACE RUN世界五大陸4万キロランニングの旅」に現在取り組み中。平成28年12月に富田林へ転入してこられました。
今年も「PEACE RUN2017ヨーロッパランニングの旅PART2」と称してヨーロッパを走ります。前回の続きで、スペインイルンからサンチャゴ・デ・コンポステーラへ、ポルトガル・リスボンからモナコ辺りまで3ヶ月で約3,000キロを走る予定です。
以前の住まい 旅人
大阪市内にあった所属事務所『才能はかり売りマーケットごろっぴあ』が、新たな活動拠点を探していたのですが、ふと素敵な古民家を富田林に発見したんです。
富田林の印象・気に入った所としては、まず自然が豊かという点。昔から見慣れた金剛葛城二上の山並み、そして石川の流れ…走るにも自転車に乗るにも素敵なフィールドがあちこちにあるんですね。 そして、住んでいる人々。みんな気さくでフレンドリー。近所の方々もこちらが挨拶する前に何か言葉をかけてくれるんです。頼みもしないのにあれこれしていただける方がいろんなところにいてびっくり。今住んでいるところは駅にも近く、市役所や郵便局などすべて徒歩圏内で非常に便利ですね。
いろんな点から見て住みやすい町というのがここ富田林だと思います。印象がそのまま気に入ったところとマッチしています。
我々の住まいは通称「ぴんぽん地球ス(テラス)」と呼んでいますが、ここはあらゆる表現者のための事務所兼ライヴスペース。音楽イベントはもちろんのこと、いろんなイベントを展開していきたいと思います。
ごろっぴあファミリーは、私の妻ぴあぴと音楽パートナーの芝田吾朗さん(芝田さんは堺在住、お二人とも過去に二度メジャーデビューを経験)がまずは中心人物。ごろっぴあイチオシの体操ユニット天晴レ天女ズ(あっぱれてんにょず)は、村上三奈さん(プロストリートパフォーマー歴14年、なにわのスーパーアホドル)とオムニキンゆきえさんこと高妻友規恵さん(キンボールスポーツの世界選手権日本代表三度経験&銀メダリスト)の2人組。そして、ぴあぴのお父さん83歳(ボランティアであちこちにコーラス指導をしています)とぴあぴの長男森良太くん(昨年メジャーデビューしたBrian the Sunのリーダー)。私とメンバーの家族を含めた8人が富田林市民として移り住んできたことになります。まだまだ増えそうな予感です(笑)。私自身は元英語教師で英語教室も開けるでしょうし、ランナーを対象としたランニング教室、一本歯下駄を使った健康教室などカルチャーセンターみたいな位置づけもできるでしょうね。旅や冒険に関したトークイベントもこれまで通りやっていきます。これだけではありません。私自身、年間4分の1から半年は国外に出ていますが、国内にいる際にはここぴんぽん地球ス(テラス)でできそうなことをあれこれ考えていきます。富田林にはこれからたくさん人が集まってきます。集めます(笑)。
さまざまなイベントを通じて地域の活性化はもちろん、富田林の名前を世界中にアピールするために貢献できればと考えています。いろんな可能性を秘めたぴんぽん地球ス(テラス)の今後にご注目ください。
俗人で煩悩だらけの私なので、旅の間は、食べもののことを考えることが多いでしょうか。時に、風景を楽しんだりしていると頭が空っぽに近い状態になります。単調な走りが続く時は、過去のことをよく考えています。生まれてから出会ってきた人の名前と顔を順番に思い出してみたり、生まれてから覚えた歌・聞いた歌を順番に歌ってみたり、生まれてから起きた楽しかったことや嫌なことを振り返ってみたり…自分自身の人生をリセットするにはそういう時間はやはり必要でしょうね。
また、旅の途中はいろんな夢を見ます。過去の教員時代のいろんな事件をよく見ます。疲れがたまっている時には、生徒指導で苦労している現場とか、仕事上のとんでもないミスやハプニングとか…。他にも、学生時代所属していた剣道部で先輩にしごかれている場面だとか、ドイツ語の単位を落とし続けて卒業直前まで授業を受けている場面もあったり…(笑)。脈絡のない意味不明の夢は面白いものも結構あって、それこそ小説や映画のネタになりそうなものもあります。昔は作家を目指していてそんなことを題材にした超短編小説などもブログに書いています。
旅先でいろんな町を見てきました。理想はこじんまりとした田舎町。人と自然がうまく調和を保っているというのがいいですね。自然が豊かであれば、そこに住む人達もきっと心穏やかな人ばかりだと考えています。町が栄えることはもちろん素晴らしいことですが、何よりもそこに住む人が幸せでなければいい町とはいえません。
訪ねてきた人が「ぜひ住んでみたい」と思えるように、町の人々がお互い助け合いながら、いつでもどこでも笑顔とあいさつが行き交う、そんな町こそが理想の町じゃないでしょうか。
「イタリアンレストランoasi」杉本ご夫妻
寺内町に移り住んで3年「イタリアンレストランoasi」杉本ご夫妻へのインタビュー。レストランを始める場所を探していた際、料理の修行をしていたイタリアの田舎町とよく似た感覚に出会い、富田林寺内町へ移住を決意。
以前の住まい 京都
レストランを始める場所を探していたんですが、私が料理の修行をしていたイタリアの田舎町とよく似た感覚になったのが、富田林寺内町だったんです。
イタリアから帰って、京都でも修業を重ねていたんですが、イタリア、京都、寺内町と、歴史的な町並み、自然の豊かさ、人の温かさなど、料理を創る環境、食事をする環境がよく似ていると感じたんです。
修行をしていたまちだけでなく、イタリアではどこでも、それぞれの地域の食文化があり、地域の食材を季節ごとにうまく使って料理をつくっています。
それぞれの食材は、その地方の気候や空気に適合して育っているわけですから、朝に車で出かけて、収穫し、午前中に調理ができるくらいのエリアの食材を使うことをモットーにしています。新鮮であることがまず一番です。
この寺内町で、世界中から人がやってくるレストランをつくることが夢です。それから、この南河内が食の都と呼ばれるような、世界中から観光客がやってくる魅力いっぱいのまちになればと夢見ています。
料理を食べていただくということは、たとえば駅からお店まで歩いてこられる時間や、料理を食べながらゆったりと歓談していただく時間や、また駅までのんびりと帰っていただく時間も、すべて含んでいると考えています。
料理を提供するということは、珠玉の時間を提供することだと思っているんです。私の料理に必要な地域の貴重な食材と同じように、まちも大切な素材なんです。
「茶房 和 なごみ」林ご夫妻
松原市から移り住んで2年「茶房 和 なごみ」林ご夫妻へのインタビュー。弟夫婦が1年先に富田林市へ移住し、訪れる度に良い町だと感じていました。「静かで時間が止まったような感覚」は、成熟した社会を思わせる「心地よさ」であり、本当に移り住んで良かったと実感しています。
以前の住まい 松原市
移住年数 2年
弟夫婦が1年先に富田林市民になり、度々訪れていて良い町だと実感したのがきっかけです。
その後、相方から私に、富田林の寺内町に住みたいと相談があり、私も幼いころから青春時代に至るまで、奈良県の大和郡山で過ごしており、富田林の寺内町とよく似た古風でしかも重厚な佇まいの雰囲気が、何か懐かしく、ここに住んでもいいかなと思いました。
寺内町に惚れて「住んでみたい」と決断しました。
まず、住んで良かったと思っています。
まわりの人たちの温厚な人柄に接し大変喜んでいます。
また、「静かで時間が止まったような感覚」「落ち着きのある大人社会的な感覚」は、成熟した社会を思わせる「心地よさ」だと思っています。
これは私ども夫婦の共通な認識です。この事は歳を重ねるほどに益々「心地よいもの」になると思います。
富田林市だけでなく、周辺もすばらしいですね。
先だって河内源氏三代のお墓をめぐるコースや滝谷不動から龍泉寺・楠妣庵観音寺を経由して、楠公誕生の地まで歩きました。素晴らしいところですね。
富田林はそんなハイキングや登山のスタートと終着の地でもあります。本当に良いところです。お気に入りです。
まず、地の人々から「あの夫婦は楽しそうだね」と言われたいですね。
その上で、私どもも努力して、楽しく、愉快に、健康的に、積極的に生きていくことが願いです。
また、昨年の10月から開きました「茶房 和 なごみ」が軌道にのり大勢の人にお越しいただいて、自分のリビングでなごむように気軽に「なごみ会話」をしていただければと思っています。
知らない人が集まり、楽しい会話を通じて「点と点が結ばれ面へと発展できれば」と思っています。
「大正浪漫」箱田さんご夫妻
松原市から移り住んで3年「大正浪漫」箱田ご夫妻へインタビュー。身近に自然があり、ゆったりしていて、静かな町並みが気に入り、移住を決意。実際に住んでみると、山に、川にと、季節に応じた楽しみがあり、四季に応じたイベントも多く、移り住んでよかったです。
以前の住まい 松原市
移住年数 3年
松原市から富田林に移り住んで3年になるんですが、身近に自然があり、ゆったりしていて、静かな町並みが気に入りました。それに寺内町の風景を見て、決定的に住みたいと思いました。
私たちが住んでいる寺内町は、年配の方が多いというイメージでしたが、意外と若い人たちもたくさん住んでいるし、寺内町に住みたいけれど家賃は高いですかなどと聞かれる事もあるぐらい、このまちに関心を持っている若い人たちが増えていると感じています。
大変気に入っています。山に、川に近いということもあり、季節に応じた楽しみがあります。また、四季に応じたイベントも多いのでとても楽しいです。私たちはこの寺内町で、和風の服飾雑貨を販売させていただいていますが、以前に住んでいたところと違って、私たちもまちのために何ができるか考えるようになりました。
良い人生になりそうです。
何度も言いますが、静かで空気が良く、近くに神社仏閣があり、伝統的な建物がある寺内町があり、近くの川で釣りやバーベキューと身近に楽しいことがあるまちです。
子育て中のママ友のみなさん
堺市や大阪狭山市から移り住んだ子育て中のママ友のみなさんへのインタビュー。緑が多く、大阪市内までも電車1本で行ける。買い物や病院、幼稚園、小学校、その他の施設もたくさんあり、便利で住みやすい街です。
以前の住まい 堺市、大阪狭山市など
私は、堺市に住んでいたんですが、夫婦ともに富田林で生まれ育ったもので、やはり住み慣れたまちで子どもを育てたいと思ったんです。まぁ両親もいることなので心強いし。
私は、大阪狭山市に住んでいたのですが、新婚子育て世帯への家賃補助があるマンションを見つけて富田林市に引っ越してきました。
私は、一戸建て住宅に住むことが夢だったので、その夢を実現できる場所だと思ったんです。
金剛東地区は、同世代(30歳代の)子育てファミリー世帯が、想像以上に多かったことが思っていたイメージとちがうことやけど、それは予想がはずれてよかった点かな。
緑や公園が多いのでこのまちを選んだんですけど、緑がある分、坂道も多くて、まぁいい運動にはなっています。でも木の根がはみ出してデコボコしている歩道は困るなぁ。
緑が多く普段の生活にも不便さは感じないですね。大阪市内までも電車1本で行けるし、買い物や病院、幼稚園、小学校、その他の施設もたくさんあって便利な街だと思います。そう、大きな医療機関が近くにあるので、子どもの急な病気にも安心で、住みやすいと思います。
私は、この金剛東地域には、ケーキ屋さんが多いのがうれしいんです。
子育てするにはとてもいい環境やと思うけど、今以上に教育水準をアップしてほしいと思っています。
都心には少し距離がありますが、ほどよい田舎感で、のびのびとゆったりした気持ちで子育てができる街ですよ。
子どもたちが元気な成人式を迎えてくれることを楽しみにしながら子育てできる街だと思います。やはり子どもたちがのびのびと育つことが私の夢なんですが、この街はぴったりだと思いますよ。
生活に必要な施設をリストアップして探せば、若い人のライフスタイルにぴったりの場所がきっとみつかると思いますね。