浪花 千栄子(なにわちえこ)さん
NHK2020年度後期連続テレビ小説『おちょやん』(NHK)
ヒロインモデルは、 本市出身の浪花千栄子さん(本名 南口(なんこう)キクノさん)です。
明治40年11月に南河内郡大伴村大字板持(現在の富田林市東板持町)で出生、8歳で大阪市内に女中奉公に出るまでを本市で過ごされました。
大阪での奉公では苦労を重ね、その後京都で舞台女優として芸能の道に入り、様々な紆余曲折を経て40歳になってから遅咲きの大輪の花を咲かせ、ラジオやテレビドラマ、映画など数多く出演し、女優として大活躍しました。
「浪花千栄子さんの足跡」はこちら 「自叙伝 水のように」はこちら
浪花千栄子さんは、戦中・戦後に本市内へ疎開したことや女優として大成してからも本市を訪れたことから、様々なエピソードが残っています。本市が浪花千栄子さんに関するエピソードを市民の皆さんから公募したところ、
「幼少期には市内のあちこちで奉公していたと聞いている。」
「私のおばあちゃんは浪花さんと親交があり、本人から着物を贈られた。」
「戦時中に疎開した際、地元青年団が芝居の手ほどきを受けた。」
「疎開を終えて大阪市内に戻るときに、地域の皆さんへのお礼として芝居公演が催行された。」
「有名になってから富田林に来られた時に地域のみなさんにお世話になったことを感謝していた。」
などのお話が寄せられました。
この看板に見覚えはありませんか?
本名の「南口キクノ」と「軟膏効くの」を掛け合わせたとも言われていて、いかにも大阪らしい、親しみのある看板です。この看板が街中にあふれた昭和30年代後半から昭和40年代前半かけては、まさしく浪花千栄子さんの絶頂期で、「浪花千栄子でございます。」のセリフで始まるテレビコマーシャルは人気を博しました。
晩年には京都・嵐山で旅館を経営しながら女優活動を続けられましたが、昭和48年に66歳で逝去されました。没後に勲四等瑞宝章を受章されています。
日本が終戦後の焼け野原から世界の先進国に肩を並べるまでの発展を遂げていく昭和の激動の流れの中で、浪花千栄子さんはお茶の間に欠かすことのできない存在であり、多くの方々に「大阪のお母さん」として愛される名女優でした。
「おちょやん」では本市内某所にセットを設営し、撮影が行われました。(現在は撤去されています。)
主人公・竹井千代の人生に大きな影響を与えた生い立ちや幼少期の生活の様子を描いた場面の撮影が行われました。
この映像は第1週目(第1話から第5話)の主要な舞台としてドラマに登場します。
富田林市内某所に設営された主人公の生家のセット
11月30日(月曜日)から
<総合> (月曜日から土曜日) 午前8時 /(再放送) 午後0時45分
<BSプレミアム・BS4K> (月曜日から土曜日) 午前7時30分 /(再放送)(月曜日から金曜日) 午後11時
南河内の貧しい家に生まれた少女、竹井千代(杉咲花)が、奉公に出ていた道頓堀でお芝居のすばらしさに魅了され、女優をめざします。そして、喜劇の世界と出会い、喜劇界のプリンスと二人三脚で、昭和の戦前、戦中、戦後の激動期を駆け抜けます。
大阪のど真ん中を舞台にした、笑って、泣けて、人情あふれる、波乱万丈の物語です。